病院事務部長

島田市民病院への案内


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 彼の名はフェルメール
 

2007年に国立新美術館で開かれた
画展のチラシ
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(JPEG:981KB)

 
 絵を自分で描くのはまるっきりダメだけど、いわゆる鑑賞は元々、嫌いではない。しかしその描かれた作品を見るためだけで東京に何度も足を運んだのは近年では彼しかいない。
 
 最初は平成19年に六本木にある国立新美術館、次は20年に上野の東京都美術館、同じく上野の国立西洋美術館に21年に行った。都合3回である。
 
 その画家の名はヨハネス・フェルメール、「光の魔術師」、「静謐の画家」とさまざまに呼ばれる不思議な魅力で世界中から現在、熱い視線を浴びている人物だ。しかし黄金の世紀と謳われる17世紀ヨーロッパでレンブラント、ベラスケス、ルーベンスといった美術史に燦然と輝く素晴しい画家と共に同時代に活躍した後、彼は忘れられた画家になった。何故、そんな状況になってしまったのか確たる理由は今もわからない。
 
 私が彼の名前を知り、注目したのは恥ずかしい話だが、この3年程前のことである。私が県に出向した当時から親しくしている方から旅先のオランダ・デルフトの絵はがきをいただいたのがきっかけだった。デルフトはフェルメールが生まれ、画家として活動した街である。それからはフェルメールの絵の展覧会があれば見に出かけるようになった。世界に30数点しか現存する作品がないとかまた贋作、盗難事件のスキャンダラスな話題で世にその存在を知らしめることになったことなどは後日、知ったことである。
 
 私が今まで見た彼の作品では国立新美術館での「牛乳を注ぐ女」、国立西洋美術館の「レースを編む女」が特に印象に残っている。フェルメールブルーと名付けられている、その当時、高価なラピスラズリの石を用いた青の色はあまりに魅惑的である。彼の作品をご存知ない方は、この私の拙い文章ではその美の深さを伝えられないので是非、一度その作品をご覧いただきたい。きっとその魅力にはまると思う。私自身はこれからも、まだ見ていないフェルメールの作品を追っかけていくつもりだ。
 

平成22年7月30日


 映画と共に

島田の映画館
 
 
 
 
 

映画撮影の様子

 
 昔から映画を見ることは好きだった。幼いときは見るのは映画館ではなく、町内の公会堂であったり、向谷の水神社の祭典の際に屋外に設置された白布の画面であったりして決して映画を見る環境としては恵まれていなかった。音声も悪く、画像も不鮮明だった。しかし、確かにこれらで見た映画で映画が好きになった。柳家金語楼、大河内伝次郎などの幼い私の贔屓役者はそのときに見た映画で覚えた。内容はすっかり忘れたがよく笑った印象は今も抱いている。テレビもビデオもない時代に映画が最盛期を迎えており、私もその余波を受けたひとりだった。
 
 その後の映画とのかかわりでは小学校高学年のとき、友達と一緒に当時、住んでいた向谷から本通りまで歩いて映画館に行ったことがある。どのようなことからそんなことをしたのか定かではないが、吉永小百合や和泉雅子などの青春スターの話題が小学校の休み時間に話されていた中でその時代の最先端を走るスチュワーデスたち(現在はキャビンアテンダント)を主人公にした「大空に乾杯」が本通りにある映画館で上映されているとの情報から急遽向かったものと思う。この作品は青春真っ只中で仕事に恋に友情に一生懸命に取組む様子を生き生きと描いた、今考えれば青春アイドルスター映画の典型であった。これを見て、自分の未来が明るくなったように思え、何故か不思議な安心感が見終わった後、胸を満たしていた。
 
 中学生のときは植木等の「日本一シリーズ」を見るため映画館によく通った。これらの作品では私はほとんど笑っていたが、歌あり、踊りありでサラリーマン生活を真面目の真逆の視点で描いたこれらの作品は、社会を何も知らない当時の私にとってもサラリーマンとは明るさだけでない悲哀を持つものだと少しわかった。植木等のマドンナとして浜美枝が出演しており、すっかりファンになってしまった。その後、昭和60年に開催された島田市木のまつりの講演会で講演するために彼女が来島し、近くで顔を見た際は大いに昔を思い出したのは言うまでもない。
 
 映画は幼いときだけでなく、その後の私に対して時代の流れの中でいつも寄り添ってくれていた。難しい映画理論や思想はわからないが「時代を生きる」ことを教えてくれたと思っている。
 これからも私は映画を見ていきたい。
 

平成22年4月20日


 

 

 

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