消防長

    消防本部とは?
 島田市消防本部は、島田市を2署3分遣所で管轄する消防業務を行っています。また、川根本町の消防業務を委託で行っております。
 〜 島田の食材と地酒 〜


 

日本酒の美味しい季節となったが、近頃、各地で日本酒やワインなどの新酒を味わう催しが開かれている。そんな中、今月17日に行われた『「島田」の食材と地酒を楽しむ会』へ初めて参加させてもらった。これは、市内唯一の酒蔵・大村屋酒造所が「よい米、よい水、よい食材、そして人とのよいつながりを求めて…」をテーマに、島田酒米研究会や宮美殿とのコラボレーションで主催したもので、今回が17回目とのこと。“地元の食材を使った料理を楽しみながら島田の食文化を見直し、地域文化を大切にするきっかけになれば…”というのが主催した松永社長のことば。

 

まず、“おんな泣かせ”をはじめ6種の酒と鑑評会入賞酒及び特別出品酒2種が用意され、それに合わせた料理が提供された。料理は、島田産の野菜や地鶏卵、やまめ、果物などを使ったもので、これらの酒に合うよう調理され美味しい。また、銘柄当てクイズもあって自然と口に運ぶ杯の回数が増え、酔いが回るのが早い。

 

昨年の海外への日本酒輸出量が過去最高だという。確かに、今どきの日本酒の多くはフルーティで軽く、口当たりが良くて飲みやすい。これらの多くは、精米歩合50%とか○%とかいう表示がある。つまり米粒の半分前後は糠になるわけで、何とも勿体無いし、高額で気軽に味わえない。勿論、精米歩合だけがその味を決める要素ではないが、香気があってフルーティということは、料理本来の味を邪魔するのではとも思うのだが…。でも、上手い。

 

そもそも酒を冷やして飲むという習慣は日本にはなく、常温か燗が普通だった。飲み応えがあって、いかにも「酒」という感じがしたものだ。だが、吟醸酒を中心とした日本酒ブームは、ジリ貧だった日本酒の救世主ともいえる。

いずれにせよ、手頃になったワインをはじめ、焼酎、日本酒などの種類がこれだけ多くなり、多様な飲み方があると選択に迷うが、それも料理や懐具合と相談しながらの“愛飲家”の楽しみといえる。

 

平成23年11月25日

 〜 登山ブームと携帯電話 〜









山岳救助訓練に汗を流す
消防署員たち


 <富士山救助隊、ムダ出動過去最多 携帯で手軽に「助けて」…有料と知ると自力で下山>―という報道のタイトルに目が留まった。「転んで手の指を骨折、頭も怪我して動けない」という携帯電話での通報で、県警から要請を受けた山小屋の経営者が「登山用車両で向かうが有料となる」と告げると、「金がかかるならいい」と歩いて下山してきたという。遭難救助・探索には、警察や消防のほか消防団や民間ヘリも動員されることがあり、その場合には有料となるが、あまり知られていない。また、「道に迷った」と110番通報があり、「その場に留まるように」との指示を無視して自力で下山したため、捜索に向かった署員らが無駄足を踏まされたという事例等も紹介されていた。

今夏の富士山における県警山岳遭難救助隊の出動回数が過去最悪のペースで、その背景には、携帯電話の普及や登山ブームで未熟な登山者が増えたことがあるという。勿論、必要な救助要請はためらう必要はない…。

 

私もかつて登山を楽しんでいた時期がある。今ほどのブームではなかったが、それでも夏山は混雑していた。しかし、2〜3千メートル級の山々の頂や稜線は格別のものがあった。ただ、重いザックやテントを背負い山に入って数日すると、疲れがピークに達する。すると、その人の人間性(本性)が現れることがある。「わがまま」(ジコチュウ)である。自分のことが精一杯で他人や周囲への思いやりなど考えなくなるのだ。山でのトラブルは自己解決が原則であり、実力に見合った山の選定や十分な準備が大事だということをつくづく思ったものだ。

 

そんな中、島田市消防本部でも恒例の山岳救助訓練が始まった。猛暑の中、吹き出す汗を滴らせながら、懸命に訓練に励む消防隊員たちの顔は真剣だ。救難救助技術の維持・向上は必要不可欠だが、彼らの出番(出動要請)がないことを願っている。

平成23年8月12日

 〜 中国の反日感情と友好交流 〜
 

浙江省主催の歓迎会で
挨拶する川勝知事
 

お茶の郷博物館と姉妹館の
龍井中国茶葉博物館
 

先導する湖州市の車両
 

湖州市の医療機器製造企業を視察
 

湖州市人民政府(市役所)
 

唯一入館できた上海万博の
日本産業館


豫園(上海市)

 
 9月の尖閣諸島事件以来、日本では中国国内における反日デモや暴動が連日報道されている(中国国内では殆ど報道されていない)。そんな最中の10月中旬、県の“ふじのくに3776友好訪中団公式訪問団”の一員として浙江省杭州市・湖州市、上海市を訪れた。
 
 一抹の不安を抱えながらの訪中となったが、現地ではどこへ行っても反日デモもなければ反日感情も感じられなかった。街なかを日本語で喋りながら歩いていても、特異な視線で見られたり中国人に取り囲まれたりして身の危険を感じるようなことは全くなく、相変わらず喧騒で元気な中国だった。杭州や湖州、上海等の各市内も平穏で、出会った人々も皆友好的で何の問題も生じなかった。
 
 現在、中国の一部の都市で発生している反日感情の高まりを考えるとき、中国の国情からいってやはり相互交流により民主化を促進していくことしかないのかなと思う。人と人が顔を突き合わせて話をし、互いの文化や習慣等々の違いを認め合い相互理解と友情を深めていくことが解決の近道だと思うからだ。日中間における人的交流は、国家体制も含め言葉や生活習慣・環境等の違いが大きな課題だが、民間交流が一層大きな役割を果たすことになるだろう。
 
 今やインターネットで世界中の情報が手に入る時代だが、彼の地を訪れて、また此の地を訪れてもらい、その地の空気を吸い、食し、見聞するなど、気候風土や習慣、文化等に直に接し、互いに顔を合わせて話し合う機会を持つということは、相互理解と友情を深めるためには必要なことであり、とても大事なことではないだろうか。
 
 10年前には考えられないことだったが、中国で私たちと出会ったほとんどの人が自家用車やバイクを所有しているという。特に、都市部の道路はいずれも片側3車線から6車線ほどあるにもかかわらず車両で溢れ、どこへ行っても大渋滞に遭った。正味3日間という限られた中で、移動に多くの時間を割かれてしまったのは残念だった。13億人の人口を抱える中国をはじめ発展途上国の国民所得水準が更に上がり、多くの国民生活が日本や欧米諸国のようになれば、地球規模での環境や食料、各種資源問題などで大きな課題となることは間違いない。
 
 国益優先はどの国も同じだが、二度の大戦を経験して学んだのは、地球規模で協調しながら発展していくということだった。こうしたことを慮れば、もはや発展途上国とはいえない中国自身が自ら世界の一員として正しく認識し、協調発展の道を選択すべきだと思うのだが…。だからこそ、民間も含めた息の長い草の根交流が大事だと改めて痛感したところである。

平成22年11月1日

 〜 まつりの季節(とき)に 〜
 

島田髷道中
 

手踊り
 

島田髷
 

 会場の様子

 
 広報紙の編集から解放されて以来、カメラを提げて出かけることが少なくなった。そんな今月19日、久々にカメラを手に“島田髷まつり”を撮りに出かけた。随分前から自分の名刺にお気に入りの島田髷の写真を入れているが、そろそろ変えようかなという思いもあって…。
 
 髷を結い、浴衣姿で踊りを披露する。その姿も良いが、実は移動の道中で垣間見せる笑顔や仕草が醸し出す艶っぽさが何ともいえない。明るい健康美と女性らしいしなやかさ…。この「髷まつり」は、昭和8年に“虎御前”の髷供養感謝祭として行われて以来、市内の美容組合を中心とする島田髷保存会の人たちによって、中断を乗り越え半世紀以上にわたり続けられてきた。“虎御前”は、鎌倉時代の大磯(神奈川県)の遊女で、島田髷を初めて結った島田生まれの女性と伝えられるが、髷の種類も増えてブームとなったのは江戸時代初期といわれている。
 
 ちょうど20年前のこの日、広報しまだに掲載するため、朝5時頃から弓岡美容室にお邪魔して髷娘に変身する一連の様子を密着取材したことがある。そのとき感じたのは、髷を結い上げるのは意外と力仕事だということだった。髪に鬢付油をふんだんに付けて櫛で梳かしながら紐で結び少しずつ形を整えていくのだが、これがなかなか力が要る。
 
 島田髷は“くずし”も入れておよそ100種類ともいわれ、美容師ら50人以上が揃いの浴衣にめいめいの髷を結って奉納踊りをしながら練り歩く様は大変に優美で、ほかの多くの祭の持つイメージとは趣が異なることからファンも多く、市外からも大勢の写真愛好家らが詰め掛ける。
 
 来月10月には3年に一度の“帯まつり”も開催される。大奴も加わる大名行列も静々とゆっくり進む様や、東光寺の猿舞もしかり、島田の祭は男性的な勇壮さではなく、どちらかといえば女性的というか、静かで威厳と落ち着きのある祭というイメージだ。
 

平成22年9月22日

 〜 ぷらっと、ちょっとだけ覗き見してきました 〜

 
 先日、奈良市を訪れた際に「事業仕分け」の作業現場(公開)を覗く機会があった。それ自体が目的で当市を訪れた訳ではなかったが、一緒に行ったメンバーの1人が、事業仕分けがこんなに話題になるかなり以前から、仕分け人として多くの自治体の事業仕分けに携わっていることから、急遽、「近くだし、ちょっと覗いていくか」ってことになった…。
 
 仕分け作業は、土曜・日曜の2日間、2会場(2班)で、事前に有識者や市民で組織する「市事業仕分け対象事業審査委員会」で審査・選定された合計32の事業を対象に、コーディネーターと仕分け人5人及び市民判定員30人ほどがその周りを取り囲む形で行われていた。仕分け人は、大学教授や弁護士、公認会計士、監査人等で、市民判定員は公募・抽選による市民だった。(福嶋浩彦前我孫子市長も仕分け人として参加されていたらしい。)100人ほどの傍聴席は、ほぼ満杯だった。
 
 作業としては、まず、事前に用意された事業シート(概要説明書)等に基づいて職員が説明した後、仕分け人の質疑応答・議論を行い、そのやり取りも参考に市民判定員が各自の判断に基づいて判定シートに判定結果を記入したものを事務局で集計し、結果が公表される、という流れだった。仕分け区分は6つで、1.不要(廃止) 2.民間が実施 3.国・県が実施 4.市が実施(民間委託を拡大、市民参画・協働を進める) 5.市が実施(要改善) 6.市が実施(現行どおり) となっていた。
 
 事業仕分けは、その事業が「そもそも必要か?」、「本来だれがやるべきか?」を判定していく一連の作業だが、1事業あたり40分間という制約の中で、果たして仕分けをする人達がどこまで理解したうえで議論が深められるのか? というのが素朴な疑問として生じる。説明者の技量によるところも大きいが、周りの市民判定員がよく理解して判定できるものだと感心する。もっとも、この結果がすべてではないにせよ、行政としては一定の判定がなされ公表もするわけだから、それはそれとして説明はしやすいし、そうでもしなければ縮小・廃止が難しい事業もあるとは思うが…。
 
 うわっ面だけを見ればいささか乱暴な気もするが、市民や第三者の目から見た事業の評価や考え方を知る良い機会でもあるし、また、市民に行政が行っているさまざまな事業について関心を高める効果はあるといえる。しかし、こうしたものは、本来、議会や監査部門が地道に、丁寧に行うべき仕事であるはずなのだが…。
 

平成22年7月21日

 〜 酒蔵で聴くクラシック音楽とおいしい地酒 〜
 

七夕酒蔵コンサートの様子
 

 
 今月7日に行われた地元で唯一の造り酒屋“大村酒造場”の「七夕酒蔵コンサート」へ行ってきた。今年で14回目だというから、十数年ぶりにお邪魔したことになる。
 酒蔵の一角、酒造タンクの前を即席ステージに仕立て、一升瓶の箱を観客の椅子にした会場のスタイルは、ほとんど変わっていない。外は降りしきる雨だというのに、会場は満杯。外に2張りされたテントも溢れんばかりの人だかりで、私も立ち見。今年も400人ほどが詰め掛けたとのことで、天候は関係ないみたい。
 
 最初の頃は、松永社長の知り合いの音楽家(アマチュア)だったが、今は毎年プロの演奏家を招いている。今年は、ザルツブルクのホルン奏者(シュバイガー氏)とシンフォニエッタ静岡のピアノ奏者(馬場祐子氏)の共演で、午後7時から始まった。一部、二部と演奏が続き、最後にアルプホルンでの演奏のあと観客の飛び入り参加もあり、場が盛り上がった。
 
 
そして、いよいよ第三部、お楽しみの時間では、とうもろこしや枝豆、ジャガイモと一緒によく冷えた純米酒や樽酒が振る舞われ、私もご馳走になった。食べ物が真っ先になくなり、ほどなくお酒の方もなくなってしまったが、樽ごと冷やしたという樽酒は本当に美味しかった。
 
 
松永社長は国際交流にも理解があり、来年、提携50周年を迎える姉妹都市リッチモンド市からの親善使節受け入れ等でも大変お世話になっている。氏自身も、早くからニューヨークで若竹をはじめとする日本酒の紹介・販売を手がけるなど、日本の伝統文化としての「美味しい日本酒」の紹介に心を砕いてきた。今では、WAKATAKEが日本酒の代名詞にもなっているという話を、以前松永社長から聞いたことがある。
 
 
島田には7軒の造り酒屋があったというが、今では地元で唯一残った最後の酒造場だ。天保年間の時代から島田宿の歴史を見つめてきた蔵だが、代々のご当主が幾多の困難を乗り越えながら、今日まで日本の伝統文化の一つである日本酒造りに情熱を注いでこられたことに感謝したい。おかげで地元の美味しいお酒が飲めるのだから…。
 

平成22年7月12日

 〜 百里の道も一歩から… 〜
 

議会報告会と市民との意見交換会
の様子

 

 6月7日に始まった6月議会も、合計117人の皆さんに傍聴いただき、7月2日に終了した。
 
 さて、5月23日(日)に市内6会場で行われた「議会報告会と市民との意見交換会」には、合計94人の市民等が訪れ活発な意見交換が行われた。だが、有権者数84,400人から見れば気が遠くなるほど僅かだ。当日はあいにくの雨だったことや市民への周知が行き届いていないこともあるだろうが、それより何より関心がないと言うべきか…。
 
 住民は、市政の運営について、執行者としての市長とその監視役としての議員(議会)という立場の異なるふたつの機関を、選挙という手段によって選出し負託する。求めているものは住民福祉の向上だが、近年はそれに住民が加わり三者でまちづくりを進めることが時代の要請とされている。議会も昨年度に議会基本条例をつくり、「機関として」市民と直接向き合う機会を設けていくという意欲的な取り組みを始めたばかりであり、まだまだ市民の理解が深まっていないなかでは止むを得ないともいえるが、果たしてそれだけだろうか。しかし、こうした困難も乗り越えながら一歩一歩前へ進むしかない。百里の道も一歩から…と。
 
 7月2日の本会議終了後、全員協議会が開催されて議会報告会についての反省会が行われ、多くの議員から参加市民の少なさを指摘する声が相次いだ。議員や議会の活動をとおして、その役割を市民にもっともっと関心を持って理解を深めてもらえるような努力と工夫が必要だということを改めて感じたところである。
 

平成22年7月7日

 

 

 


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