大井川の右岸・牧之原台地北部に位置し、東は大井川、西は小夜の中山の険しい山に面しています。はじめ武田信玄が徳川氏への備えとして砦を築いたと伝えられ、その後、息子の勝頼によって天正元年(1573)大規模な築城がなされ、その城跡が今日に残っています。
本丸、二の丸、三の丸のほか西の丸、帯郭(おびぐるわ)、腰郭(こしぐるわ)、搦め手(からめて)などを備えています。堀は自然堀と人口堀とをたくみに配し、武田流の築城術や軍略を知る名城といわれ、戦国時代の貴重な山城です。 現在、島田市では史跡整備に向けた発掘調査を実施しており、中世のお墓(石塔)を転用した門の礎石や土塁が確認されています。
昭和29年(1954)年に県の史跡に、昭和50年(1975)11月25日に国の史跡に指定され、平成14年に追加指定を受けています。 |