■ 松原山医王寺 大谷内竜五郎の墓 ■
大谷内竜五郎幸重は彰義隊の9番隊長をつとめ神道無念流の達人であった。 明治三年、開墾方として牧之原に移住した。大谷内を追ってきた斉藤・上野の遺族は、親の仇とばかり果たし状をつきつけた。大谷内は自分の命令で殺害したのではないが、隊長として全ての責任を負って、医王寺の本堂にて切腹、二人の遺族の手に命を任せた。 明治三年十二月二一日の夜。 行年三十七才 辞世 むら雲に月はかくれてありしかど 今日はれて行く死出の山みち 所在地 岡田