■ 牧之原東照宮跡 まきのはらとうしょうぐうあと ■
明治2年(1869年)のころ、当時の静岡藩主徳川家達は、家臣の山岡鉄太郎、中條金之助、大草多喜次郎とその部下に牧之原を下げ渡し開墾させたが、山岡・中條・大草等は、徳川家の恩をいつまでも忘れないようにして、その恩に報いるために、開墾地の一部を社地として神社を創建したのがその始まりといわれている。