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蓬莱橋の概要

蓬莱橋全線開通について(平成31年4月1日掲載)

平成30年11月1日(木曜日)から、橋中央付近までの往復については可能としておりましたが、平成31年4月1日(月曜日)午前10時より全線開通いたします。なお、蓬莱橋周辺では、引き続き工事が行われていますが、橋の通行には影響ありません。

台風24号被災による蓬莱橋の通行規制一部解除について(平成30年10月25日更新)

台風24号の大水により、橋脚が損傷したため、現在通行を規制しています。
左岸側(料金所側)から約50メートル付近までを開放し、渡橋料は無料としておりましたが、平成30年11月1日(木曜日)、橋中央付近までの往復について可能となります。また、それに伴い渡橋料については通常どおりの料金をいただくこととなりますので、ご了承ください。
なお、右岸側(初倉側)については、引き続き通行止めとしています。
全線開通の時期については、現在未定でありますが、予定が分かり次第お知らせします。

お知らせ(平成30年3月21日更新)

世界一長い木造歩道橋

ほうらいばし

大井川にかかる蓬?橋(ほうらいばし)は、全長897.4メートル、通行幅2.4メートルの木造歩道橋です。現在も農道として利用されており、貴重な歴史的土地改良施設として県内外から多数の観光客が訪れています。国内でも数少ない賃取橋(ちんとりばし)として有名で、平成9年12月30日には「世界一の長さを誇る木造歩道橋」としてイギリスのギネス社に認定されました。長い木=長生きの橋、全長897.4(やくなし=厄無し」の語呂合わせで縁起のいい橋として人気があります。

ほうらいばし

 

蓬莱橋を渡る様子

ほうらいばしと富士山

蓬莱橋と富士山

よく晴れた日、橋の中ほどでは美しい富士山が望めます。(撮影:山本幸夫氏)

基本情報

名称

蓬莱橋

所在地

静岡県島田市南町地先

渡橋時間

終日

アクセス

  • JR島田駅から徒歩20分
  • 新東名島田金谷インターから車で20分(8.5キロ)
  • 東名吉田インターから車で15分(8キロ)
  • 国道1号線旗指インターから車5分(3.5キロ)

渡橋料金

渡橋料金の一覧
歩行者(大人) 100円
歩行者(小人:小学生以下) 10円
自転車 100円
1ヶ月定期券 800円

お問い合わせ

お問い合わせ先一覧
  • 橋の管理に関すること
  • 取材・撮影の申請に関すること

島田市役所農林課土地改良係

電話:0547-36-7170

  • 周辺の観光に関すること

島田市観光協会

電話:0547-46-2844

島田市観光協会ホームページ(外部サイト・別ウィンドウで開きます)

橋の通行について

  • 夜間及び降雨・強風時の通行については、十分注意してください。
  • 通行料金は、8時30分から17時00分までは、橋番が居ますので番小屋でお支払いください。
  • 上記時間以外は、橋手前にある料金箱へお支払いください。

てくてくウォーキングマップ画像蓬莱橋周辺観光案内パンフレットてくてくウォーキング(PDF:410KB)

ほうらいばしパンフレット画像蓬莱橋とその周辺パンフレット(PDF:412KB)

今でも現役

蓬?橋を渡って牧之原に向かう農家の人たち

大井川西岸にある牧之原台地は全国でも有数の茶園として知られています。
今でも東岸の農家が対岸の茶園を管理するために、農道として蓬莱橋を利用しています。

夜の蓬莱橋

夜の蓬莱橋です。約720個のソーラーブリックが太陽の光を集めて光ります。
夜間及び降雨時の通行については、十分注意してください。

蓬莱橋の表記について

(蓬莱橋の名称表記について)
名称に使用している漢字はコンピュータの文字にないため、近い文字で表記しています。

蓬莱橋の由来

蓬?橋建設

明治3年4月13日、静岡藩七十万石の藩主となった徳川亀之助(とくがわかめのすけ)=家達(いえさと)は、藩内の志太(しだ)・榛原(はいばら)・小笠(おがさ)の三郡を見回りました。そのとき、谷口原(やぐちばら)の中条金之助景昭(ちゅうじょうきんのすけかげあき)の住まいに立ち寄りました。
中条景昭は、明治2年、牧之原(まきのはら)開墾のため入植した幕臣(幕府につかえていた者)で、名前を潜蔵(せんぞう)と改めていた。
徳川亀之助(とくがわかめのすけ)は、谷口(やぐち)から大井川(おおいがわ)を越して御請新田(おうけしんでん)へ移り籠(かご)に乗って堤防沿いを見回りました。
横井十番出(よこいじゅうばんだし=いまの野球場入口付近。出(だし)は突堤のこと。)のあたりの堤防改修工事を視察した後、しばらく休けいしました。お供をしてきた潜蔵(せんぞう)に向かって、「農は里の宝、向こうの山は宝の山、みなで力をあわせ宝の山を切り開けよ。」と谷口原(やぐちばら)を指さし激励しました。

蓬?橋建設

その後、谷口原(やぐちばら)は開墾がすすみ、島田町の開墾農家の人たちが、橋をかけてほしいという願いを県に提出しました。
明治11年12月5日には許可がおり、翌12年1月下旬には、いよいよ橋ができ上がりました。
そして、橋に名前をつけようということになりました。いろいろ意見が出ましたが、町内の識者に意見を聞いたところ、「藩候が谷口原(やぐちばら)を宝の山とおっしゃったことがある、それにちなんで『蓬?橋(ほうらいばし)』にしたらどうか。」と言ったので「それがいいだろう」ということになり、明治12年1月13日付けで、正式に「蓬?橋(ほうらいばし)」が誕生しました。

蓬?橋建設

その他

山本譲二「蓬莱橋」

蓬莱橋が歌になりました。
山本譲二さんのニューシングル「蓬莱橋(ほうらいばし)」、平成24年11月21日発売!
CD情報(外部サイト・別ウィンドウで開きます)

 

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